はじまりの冬の日
「ねぇ、あなたは…名前、何にするの?」
雪の降りしきる首都プロンテラ郊外の森の中で、彼女はそう聞いてきた。
「名前を何にするって…ボクらの名前は…」
名前は…あることにはある。
ある組織に名付けられた名前…昔の偉い聖職者の名前らしい暗殺を生業とする者には似つかわしくない名前。
「そうじゃなくて、わたしたち…これから新しい生を送るんだもの。
だから、新しい名前を決めなきゃ、ね」
そう言って、一緒にボクと組織を抜け出してきた彼女はそう微笑んだ。
「そうだね…じゃあ、ボクは…」
空を仰ぎ見る。
空からは雪がゆっくりと舞い降りてくる。
雪は好きだ…この白さでボクを、ボクの罪をすべて覆ってくれる気がするから…。
「ユキノ…にするよ」
「ゆ・き・の…?」
彼女のちいさな唇がそれを確かめるように三つの音を形作る。
「ふふ…それって、今雪が降ってるから?」
からかうような口調で、頭ひとつ分背の低い彼女はボクを見上げてくる。
「まぁ、それもあるけど…雪が好きだから」
「そっか、ユキノの髪は白くて綺麗だしよく似合ってると思う」
そう言って、彼女は穏やかに微笑んでくれる。
「ありがとう。君はなんて名前にするの?」
「アリス。アリスにする」
答えはすぐに返ってきた。
「アリス…?」
「うん、そう」
彼女は微笑んで頷く。
「なんで、アリスなの?」
「それはね・・・えっと、笑わないでね?」
彼女―――アリスは真剣な面もちでそう聞いてくる。
「へ・・・?う、うん」
とりえあず、ボクは頷いた。
どういうことなんだろうか・・・
「えっと・・・ここは、わたしの知ってる世界とはきっと違うから・・・ここはとても幻想的だから・・・」
たしかに朝日に照らされてきらきらと光りながら降る雪は妖精かなにかのようで、幻想的だと思う。
「なにが起こるのか、待ってるのか…すごくわくわくして・・・」
アリスの拙いけれど、一生懸命な言葉にじっと耳を傾ける。
「それで…まるで、不思議の国に迷い込んだようで、素敵だなって思ったの!」
最後は力強く言い切って
「どうかな…?」
不安げに見上げてくる。
「あはは…」
ボクは思わず笑い声をもらしてしまう。
「なんで、笑うの…!?」
むぅと、頬を膨らませる―――アリス。
だって、こんなにかわいいこと言うなんて思わなかった―――
というでてきかけた言葉を飲み込んで
「いやいや、とても素敵だと思うよ、アリス」
ボクは微笑んでそう答える。
「えへへ、ありがとぉ」
アリスは安心したような満足げな笑みを返してくれる。
「ね、ユキノ」
「ん、なに?」
「あらためて・・・これからもよろしくね」
そう言って、アリスは白くて小さなを手を差し出してくる。
「こちらこそ」
ボクはひとつ頷いて、アリスの白くて小さな…そして柔らかくてあたたかい手を握り返した。