Ragnarok Online ShortStory 02話「帰還、プロンテラ騎士団」
風に春の香りが混じり始めた、この季節。
北方の天険、ミョルニール山脈とは違い、ここ首都プロンテラは未だ、吹く風に冷たさが残っているが、穏やかな陽気に包まれている。
「やっぱり首都は、春だねーって感じがするね」
うーん、と両腕を伸ばして、感慨深げに呟くアリス。
「そうだねぇ」
と、アリスの言葉に相槌を打つユキノ。
アリスのワープポータルで首都に帰還したユキノ達、ノーザンナインの四人は首都の北東の端に位置する大聖堂へと続く並木道に降り立っていた。
騎士団は首都の北西の端に位置しているので、全くの反対側に出てきたことになる。
「ここからだと、騎士団に着く頃には日が暮れているかもしれませんね」
陽が傾いた午後の空を仰ぎながら、オニキス。
プロンテラはミッドガル大陸最大の都市であるのだから、東端から西端までは、かなりの距離がある。
「ワープポータルで、騎士団に直行はできないんですか?」
ミズカは当然の疑問を口にする。
騎士団に直行すれば、すぐにでも報告を済ませることができるはずなのだ。
「う〜ん…この場所を転送先にって、契約というか…決めちゃってるから、無理かなぁ」
と、左手を頬に添えて、アリスは困ったように笑う。
空間操作系の術はひどく不安定なので、術の転送先を限定することで、安定性を高めているのだ。
そうしなくても、転送先のイメージを想起するだけで、術を発動させることもできるのだが、もし失敗すれば永遠に異空間を彷徨うことにもなりかねないので
術者が定めた場所以外には転送しないことにしている。
「急いで戻ってきといて、あれだけど…普通に歩いていこう」
と、ユキノは苦笑して、ロングコートを脇に抱えて歩き出した。
ミョルニール山脈と違い、日差しの暖かいプロンテラでロングコートを着ているといささか暑苦しいので、後に続く他の三人もユキノに倣い、ロングコートを脱いで
脇に抱えた。
陽がだいぶ傾き、空の色が青から橙に移り変わる頃に四人はプロンテラ騎士団に到着した。
首都の構造は左右対称になっているため、大聖堂の真逆に位置する騎士団の門の前には、同じ様に並木道が続いてる。
ユキノは、門番の衛兵にミョルニール山脈の調査を終えて帰還したことを告げて、門を開けてもらう。
「レオ将軍は、いらっしゃるかな?」
門をくぐる前に、ユキノは衛兵のひとりに声をかけた。
まだ退出してはいないだろうが、現在、軍とユキノ達の所属する調査隊を統べるレオ・フォン・フリッシュは多忙なので、常に騎士団にいるとは限らないのだ。
「はっ。レオ将軍でしたら、まだご自分の執務室にいらっしゃると思います」
「そうか、ありがとう」
背筋を伸ばして敬礼する衛兵に対し、ユキノはわずかに苦笑を混じらせて礼を述べる。
自分は下級ではあるが貴族で、騎士。相手は最下位の兵卒。身分にも立場にも差があるので、相手が慇懃になるのは当たり前なのだが、歳若いユキノには
どうにも慣れることができないのだった。
(まぁ…ボクは養子で、もともとは貴族じゃないしね)
生まれも育ちも、根っからの貴族ではないのだから、慣れないのも当然だ―――などと、ユキノは埒もないことを考えながら歩を進める。
そんなユキノの胸中を理解しているアリスは、笑みを堪えて彼の後を追っていき、オニキスとミズカも続いていく。
騎士団の敷地は、本部と男女別の団員寮、ペコペコの飼育舎、そして修練場が数箇所あるので、かなり敷地が広い。
ユキノたちは、門から一番手前にある本部に入ると、ロビーのカウンターにロングコートを返してから、レオ将軍の執務室へ向かった。
「北方第9小隊、只今帰還いたしました」
執務室に辿り着くと、ユキノはコンコン、とドアを軽くノックして声をかけた。
「入れ」
部屋の中から、低く重みのある声が短く応える。
ユキノはドアを開けると、一礼してから中に入り、将軍のデスクの前へ進み出る。
他の三人がユキノの後ろに並ぶと、彼は敬礼してから口を開いた。
「報告致します」
うむ、と顎を引くレオ。
レオは、五十路近い、精悍な顔たちの壮年である。
さすがに歴戦の将なだけあって、180近い長躯は筋肉に覆われて、がっちりとしている。
「ミョニール山脈中にて、大量のアルギオペを確認しました。早急に対策を打つべきかと思われます」
ふむ…と、レオはひとつ頷いて、腕を組む。
「大量とは…数はどれくらいだ?」
「吊り橋から、向こうの山の麓で、大きな赤い塊がウゾウゾしてるのがわかるくらいです」
先の光景を思い出して、ユキノはわずかに表情を曇らせる。
レオは一度、わざとらしくため息をついて
「なんだ…きちんと数も量らんで帰ってきたのか」
と、のたまった。
ユキノは将軍の言葉に、ピキっと青筋を立てながらも冷静に答えを返す。
「あの状況で近くまで寄るの危険でしたし、早急に帰還し、報告するべきと判断したので」
「わかっている、冗談だ。明日にでもヴェルクとラティの部隊が帰還するだろうから、討伐隊を出すのは明後日以降になるか」
渋い顔して、唸るレオ。
すぐにでも討伐隊の編成にかかり、明朝にでも出陣、といきたいところなのだが、軍の部隊は首都防衛のためにギリギリの数しか残していない。
故に、討伐隊を出すには出払ってる部隊が帰還してくれなければならないのだ。
「ヴェルク隊長にラティ隊長も…帰還して、すぐに出陣というのもキツイものですね」
現在、義勇軍を率いて各地を転戦している聖騎士のふたりは、軍の中でも一番戦っているだろう。
「あぁ…これも全てボンクラ貴族どもが、兵を出し渋っているからだ」
と、レオは苦々しい顔をして頷いた。
魔物討伐ために王国軍には、諸侯の私兵を加えているのだが、地方の諸侯たちは己の保身を第一とし、最低限の数しか戦列に加えようとしないのだ。
「それは仕方ない面もあるんじゃないですか…?兵を送ったおかげで、魔物に攻め落とされました、じゃ洒落になってませんし」
と、口を挟むアリス。
隣でミズカがふむふむ、と頷いている。
「それはわかっているんだが、もう少し兵を割けるのではないか、とな」
それに、いざ魔物が攻めてきたときに打って出るのはこちらだしな、とレオは言葉を続ける。
これまで、やりとりを見守っていたオニキスはこほん、と小さく咳払いをすると
「諸侯の批判も程々にして…報告も終わったことですし、次の指示をお伺いしたいのですが」
レオに、そう尋ねた。
「あぁ…それは明日伝える。だから、また明日ここに来てもらいたい」
居ずまいを正して、レオはノーザンナインのメンバーの顔を見渡す。
ユキノは顎を引くようにして頷くと、質問をした。
「朝、すぐにですか?」
「いいや、昼過ぎにでも来てくれ」
なるほど、帰還したばかりなのだから、午前中だけでもゆっくり休んでおけ―――ということか。
レオの意を汲み取った四人は、了解しました、と敬礼して、執務室を後にした。
外はすっかり日が暮れて、空は夜の闇に覆われていた。
「それでは、私達は寮のほうに戻ります」
本部から出たところで、オニキスはそう告げる。
オニキスやミズカのようにプロンテラの外から調査隊に協力している者には、騎士団の寮の部屋が貸し与えられているのだ。
「うん、ふたりともお疲れ様」
「おつかれさま〜」
「お疲れ様でした」
「おつかれです」
オニキスとミズカは一礼すると、寮へ向かって歩き出した。
小さくなっていくふたりの背中を見届けると、アリスはユキノのほうを振り返って声をかける。
「わたし達も帰ろっか」
「うん。そうだ…アリス、送っていくよ」
「ふぇ…いいの?」
「女の子をひとりで夜歩きさせるわけにはいかないよ」
それにどうせ通り道だし、とユキノは言葉を続ける。
「じゃあ、送ってもらっちゃお!」
アリスは嬉しそうに微笑むと軽やかな足取りで歩き出した。
その様子にユキノは苦笑して、アリスの後について行く。
こうして、ふたりは帰路は着いたのだった。
首都西部の住宅街の道路で、つまり帰り道で、ふとアリスがユキノに言葉をかける。
「レオ将軍の話ってなんだろうね」
「なんだろうねって…任務のことじゃないの」
「むぅ〜、捻りが無いわね」
気のない返事を返すユキノに、頬を膨らませるアリス。
「どう捻ろと…」
ユキノは困ったように苦笑して指で頬を掻く。
「う〜ん…例えば」
「例えば?」
腕を組んで真剣に考え始めるアリス。
何をそんなに真剣に…と思いながら、ユキノはアリスの横顔を見つめる。
「あぁ…そうこうしているうちに着いたよ、アリス」
「ふぇ…?」
家の前を通り過ぎかけたアリスは、足を止めて自宅を顧みる。
アリスの家は、一般的なこぢんまりとした二階建てで、一階の窓からは明かりが漏れている。
ちなみに、アリスは面倒をみてくれている母親代わりのプリーストと同居している。
「ふたりだと、なんかあっというまだね」
少し名残惜しそうに、微かに寂しげな雰囲気を混じらせて微笑み浮かべて、アリスは呟いた。
「んー、そうだね」
あれだけ真剣(無駄)に唸りながら考え事してたら、早くも感じるんじゃないか、と思いながら相槌をうつユキノ。
「休暇とかもらえたら、ふたりで一緒にのんびりできるのにね」
「そうそう休暇をもらえる事態じゃないけどね…というか、何故一緒に?」
「う〜ん…三年前から、いつも一緒にいるから、かなぁ」
だから逆に一緒にいないと、なんか落ち着かなくて、と笑うアリス。
そうか、とユキノは苦笑して頷く。
ユキノもアリスと一緒にいることが自然になっているから、気恥ずかしくて曖昧な返事をしてしまう。
「とりあえず、ここで立ち話ししてるのもなんだし…そろそろ帰るよ」
「そうだね、ユキノの帰りを心待ちにしている人もいることだし」
「誤解を招くような言い方はよしなさい」
「あはは、ユキルちゃんとユキナちゃんによろしくね」
と、言って背を向けるとアリスはパタパタと小走りで家へと向かう。
ユキルにユキナとは、ユキノの義妹のことである。
「そうそう、送ってくれて、ありがとう。おやすみなさい」
途中で足を止めて振り返えると、外灯の明かりを背負ったアリスはにっこりと微笑んで軽く会釈する。
「うん、おやすみなさい」
アリスの笑みに、ユキノは眩しそうに目を細めて、軽く手を振る。
ユキノは、アリスが家に入ると、自邸に向かって歩き出した。