Ragnarok Online ShortStory  03話「安息の場所、自邸」


住宅街よりも都市の中央によった場所、ここには下級貴族や富豪の屋敷が並んでいる。
ユキノは自宅である、シュトラーセ邸の門前にたどり着いていた。

「鍵は開いてるかな」

呟いて、門を押すとキィ…という小さな音を立てて、門はゆっくりと開いた。

「遅くまで、鍵開けといてくれてるのかな」

家人はユキノが首都に帰ってきてることを知らないはずだが、夜になっても施錠してないのは、おそらくユキノが遅くに帰ってきたときのためだろう。
といっても、皆が就寝するころには施錠しているだろうが。
ユキノは門を閉めると、邸の入り口に向かって歩き出す。
シュトラーセ邸は貴族の邸宅の中でも小さく(といっても、普通の住宅に比べれば倍近い大きさだが)、庭もそれほど広くない。

「こっちも開いてるかな」

玄関に着いたユキノは、ドアノブに手をかけると、ゆっくりと回す。
ドアノブは途中で止まることなく半回転する。鍵は開いているようなので、ユキノはドアを押し開いた。

「セレス、ただいま」

屋敷の中に入ると、ユキノは奥の部屋から出てきた少女に声をかけた。
セレスと呼ばれた、ふたりしかいないメイドの片割れの、淡いグリーンのショートヘアの少女はユキノの姿を認めると
微笑んで深々と頭を下げた。

「おかえりなさいませ、ユキノ様」

ユキノは思わず、みじろぎして苦笑してしまう。
セレスの歳は17であり、歳の近い女の子に「様」付けで呼ばれるのは、兵に敬われる以上に慣れないのだ。
そもそも、もともとユキノは貴族ではなく、三年前にプロンテラに流れ着いた際、剣の腕をかわれて男子のいないシュトラーセ家に養子として迎え入れられたため
どうにも、貴族の生活というか貴族として扱われることに対して、抵抗を感じてしまう。

「どうかされました?」

きょとんとした表情で首を傾げるセレス。
ユキノが、いや、なんでもない、と返すと―――

「あー!ゆきにぃだぁ!!」

階上から弾んだ声が降ってきた。
声のしたほうを見上げると、淡いブルーの簡素なドレスを着た少女が二階の廊下の柵から身を乗り出していた。

「姉様、危ないですよ」

その後ろに控えている、同じドレスを着た少女が諌めるように声をかける。
ふたりはユキノの義妹であり、双子の姉妹である。
前者の名は、ユキル。長い銀色の髪をまっすぐに下ろしている、活発な可愛らしい少女だ。
後者の名は、ユキナ。腰まで届く銀髪を後ろで結っていて、姉よりもわずかに年上に見える大人しい少女である。

「大丈夫だよ、ユキナちゃん!」

言うや否や、駆け出して、階段を駆け下りるユキル。
ユキナはその後を、心持ち早めに上品な足取りで追ってゆく。

「ゆきにぃ!おかえりなさーい!」

階段を下りきると、ユキルはユキノに飛びついた。

「おわっ…! た、ただいま、ユキル」

慌ててユキルを抱きとめるユキノ。
そのままユキルは、ユキノにしっかりと抱きついて甘えるように胸に顔を押し付ける。

「元気にしてたかい?」

「うん〜」

ユキノは、自分のことを慕って甘えてくれる可愛い妹の頭を優しく撫でてやる。

「兄様、おかえりなさい」

遅れてやってきたユキナは、恭しく頭を下げる。

「ただいま、ユキナ」

ユキノは、やんわりとユキルを引き離すと、ユキナの頭も優しくひと撫でする。
頭を撫でられたユキナは、頬を桜色に染めて、恥ずかしそうに俯く。

「おや…さわがしいですねー」

と、奥の部屋から、長い薄茶色の髪を三つ編みにしたメイドの少女が現れる。
彼女の名はエレン。シュトラーセ邸のふたりしかいないメイドの最後のひとりである。

「あら、ユキノさん。おかえりなさい〜」

ユキノの姿を認めて、頭を下げるエレン。
エレンはユキノが「様」付けで呼ばれることが苦手だということを知っているので、「さん」付けで呼んでいる。

「ん、ただいま。そういえば、義母上はもうお休みになられたかな?」

「うん、おかーさまはもう寝ちゃったよ」

ユキノの質問に、ユキルは頷いて答える。
母―――ハルナは病気がちなため、早めに床についてしまうのだ。
ちなみに、当主であるリチャード・フォン・シュトラーセは遠征中のため、家を留守にしている。

「そうか、じゃあ…また明日、顔を見せればいいか」

「うんうん」

と、頷くユキル。ユキナも小さく頷いている。
会話が途切れたところで、エレンがユキノに話し掛けた。

「ユキノさん、ご夕食はおとりになりましたか〜?」

「いや、まだだけど」

「そうですかぁ、それではすぐにご用意いたしますね〜」

と、おっとりした口調とは裏腹に、エレンは早々に流れるような動きで奥―――厨房へと引き下がった。

「相変わらず、口調と動作に差がある人だ」

感嘆の息をもらすユキノ。
真面目なセレスと違って、どこか掴みどころのない女性だ。

「ユキル様、ユキナ様。お風呂の用意ができていますよ」

兄妹の後ろに控えていたセレスが、思い出したように口を開く。

「あ、ほんと? じゃあユキナちゃん、一緒に入ろうっ」

「姉様、そんなに急がなくてもっ…」

ユキルに手を掴まれて、引きずられていくユキナ。
そうこうして、双子姉妹はお風呂場へと消えていった。

「ボクは着替えるかな」

と、ユキノは歩き出そうとするが、セレスがこちらを窺っているようなので、足を止める。

「あー、セレス。ひとりで着替えれるから、ふたりのとこ行っていいよ」

「はい、かしこまりました」

一礼して、セレスはお風呂場へ向かっていった。
ユキノも、そして義父リチャードも、着替えを手伝ってもらう事は決してないのだが、何故かセレスは一々伺ってくるのだ。

(セレスの中では、着替えの手伝いは職務のひとつなのだろうか…)

ユキルとユキナはセレスやエレンに着替えを手伝ってもらうこともあるだろうから、そうなのかもしれない、と思いながら
ユキノは階段を登って、自室へと向かった。



深夜。
夕食と風呂を済ませたユキノは、意気揚々とベッドに潜り込んだ。

「ひさしぶりのベッドだー」

ひさしぶりといっても、二日ぶりなのだが。

「いい夢見れそう…」

ミョルニール山脈での調査で疲労が溜まっていたのか、あっというまに、意識に暗幕が降りていく。
ユキノは、すぅすぅと安らかな寝息をたてながら、幼子のように無邪気な表情を浮かべて眠りについた。



『なぁ、ユダ』

と、ひとりの青年に声をかけられた。
気づくと、そこは自分の部屋ではなく、乾いた岩壁に囲まれた一室だった。
もとは礼拝堂だったのか、崩れた聖母像は瓦礫に埋もれて、ぽっかりと空いた天井の穴から、眩しい太陽の光が差し込んでいる。

『俺、最近思うんだけどな』

聖母像の上に座っている青年は、言葉を続ける。

これは、夢だ――――

自分がここにいるはずがないし。
目の前の青年もいるはずもない。
なぜなら、これは過去の光景だからだ。

『俺と、お前と、レビの三人のなら―――』

そこで、ぷつりと彼の言葉が聞こえなくなった。
彼はまだ喋っているようだが、ユキノには何と言っているのかわからなかった。



「ひさしぶりに、昔の夢を見たな…」

目を覚ましたユキノは、半身を起して、呟いた。
カーテンの隙間から朝の日差しが差し込み、外ではスズメがちゅんちゅんとさえずっている。
どうやら、ちょうどいい時間に起きたようだ。

「せっかく、いい夢が見れると思ったのに」

夢の内容を忘れるように、頭を振るユキノ。

でも、もっと思い出したくないことが他にあるし…アイツと話してるときの夢で良かったかも

と、思い再び頭を軽く振る。
さっさと仕度しよう、と気持ちを切り替えると、ベッドから脱け出し着替を済ませると、部屋を後にした。



「おはようございます、ユキノ」

顔を洗って、食堂に入ると義母のハルナが挨拶をしてきた。
ハルナはとりたてて美しい人ではないが、若々しくて笑顔の優しい人だ。
ちなみに、アマツの衣装である若草色の着物を着ている。

「義母上、おはようございます。今日はお体の調子がいいようですね」

「ええ。ですから、今日は私が朝食の用意をしたんですよ」

と、左手を頬に添えて得意そうに笑うハルナ。
見れば、テーブルの上に料理の盛り付けられた皿が並べられている。
朝のメニューはアマツ風で、焼き魚に卵焼きとほうれん草のおひたしだ。空の椀には、まだ何も盛り付けられていない。

「おはよー!」
「おはようございます」

元気な声とおっとりした声とともに、ユキルとユキノが食堂に入ってきた。

「ユキル、ユキナ、おはようございます」

「おはよう、ふたりとも」

挨拶を返すユキノとハルナ。
すると、奥の厨房からメイドのセレスとエレンが鍋とおひつを持って現れた。

「「おはようございます」」

声を揃えて挨拶をするふたりのメイド。
挨拶をしたセレスとエレンは、味噌汁の入った鍋とご飯の入ったおひつをテーブルの端に乗せると、テキパキと茶碗とお椀にご飯と味噌汁を盛り付けていく。
やがて、盛り付けが終わると、皆席に着いて、手を合わせた。

『いただきます』

シュトラーセ家では、珍しいことだが、使用人も食事をともにすることになっている。
理由は単純なもので、大勢のほうが賑やかで楽しいからだ。

「そういえば、ゆきにぃ」

「ん? なんだい?」

「今日も朝から、お仕事なの?」

「いや、昼過ぎからだよ」

ユキノの言葉を聞いて、ユキルとユキナはお互いの顔を見合わせて笑みを浮かべる。

「じゃあ、午前中はボクたちと一緒にどこか行こうよー」

ユキノのほうを振り返って、期待に目を輝かせるユキル。ユキナも期待の眼差しを向けている。

「そうだな―――」

「差し出がましいとは、思いますが…ユキル様とユキナ様は大聖堂へ出仕しなければならないと思うのですが」

と、ユキノの言葉を遮って、口を挟むセレス。
ユキルとユキナはアコライトとして、修行中の身なのだ。

「あぅ…そうだった」

がくり、と肩を落とす双子の姉妹。

「また機会があるんですから、そんなにふたりとも気を落とさないで…それに、ユキノも午前中は休んでおきたいでしょう」

と、ハルナは優しい声音で言葉を紡ぐ。
ユキルとユキナはこくん、と頷いた。

「じゃあ、ゆきにぃ」
「今度のお休みには、わたし達と付き合ってくださいね」

交互に言葉を続けるユキルとユキナ。
息の合った双子に笑いかけながら、ユキノはもちろん、と頷いた。

「ユキノさん、おかわりはいかがですか〜?」

と、ユキノの茶碗が空になったので、エレンは伺った。

「ああ、お願いします」

「はい、かしこまりました〜」

ユキノから空になった茶碗を受け取ると、エレンはご飯を盛り付ける。

「中途半端に余るといけないので、大盛りにしておきましたよ〜」

と、目一杯というか…山のように、ご飯の盛り付けられた茶碗を差し出すエレン。
それをユキノは頬を引きつらせて受け取る。ユキノは男子にしては、小食なほうなので、かなり厳しい量だ。

「あ、ありがとう」

「いいえ、どういたしまして〜」

まったく悪意の感じられない満面の笑みを浮かべるエレン。
時として、天然とは恐ろしいものだ…などと思いつつ、ユキノはご飯に箸をつける。

こうして、困ったような笑みを浮かべる皆に(エレンを除く)見守られてユキノは、黙々とご飯を口に運んだのだった。



朝食を済ませた後―――

「ぐ、くるしぃ〜…」

ユキノは、自室のベッドで呻き声を上げながら横たわって、昼まで休んだのだった。