Ragnarok Online ShortStory  04話「少女と子悪魔」


昼食をとったユキノは、騎士団へと向かっていた。
住宅街を抜けて、西門付近の商店街にたどり着いたところで―――

「やめてください!」

響き渡る女性の声と、人々のざわめきを聞きつけた。



遠巻きに野次馬達が見守る中で、少女は立ちはだかる三人のローグに向かって声を張り上げた。

「あなた達は、この子が何をしたって言うんですか!」

少女はしゃがみ込んで、黒いものを庇うように抱え込んでいる。

「そいつは、魔物だろうが! なら、俺たちが何をしたって、構いやしねぇじゃないか!」

「そうだ! それに、そいつは魔族の眷属だぞっ」

「ぶっ殺しちまったほうが、この街の平和ためになるってもんよ!」

ローグたちは負けずに声を張り上げると、愉快そうに大声で笑い始めた。

「なんてことを言うんですか…」

少女は哄笑する三人を睨んで、黒いもの―――自分の腕の中で目を回しているデビルチを、強く抱きしめる。

「きっと、この子は飼い主とはぐれてしまったから、街中を彷徨っていたかもしれないのに…こんなに乱暴するなんてひどいです!」

凛とした、よく通る声で毅然と言い放つ少女。
数分前、少女がこの場所を通りかかると、三人組のローグがデビルチに乱暴していたため、止めに入ったのだ。

「嬢ちゃんよ、飼い主からはぐれた魔物はな、また人間を襲うようになることもあるんだぜ」

「だからよ、別に俺たちゃ悪いことをしてるわけじゃないんだぜ」

「そうそう、早いうちに芽は摘んでおかないとなぁ」

唇の端を吊り上げて、にじり寄る三人のローグ。
少女はデビルチを抱えたまま立ち上がって、後退る。

すると―――

「お前達! いったい何をしている!!」

鋭い声が響き渡った。
声のしたほうを見ると、野次馬たちをわけて、騎士の青年が歩み出てきた。

「なんだテメェは!?」

「おい、やめとけよ…あいつ、プロンテラ騎士団の人間だぞ」

啖呵を切るローグを、慌てて他のふたりが止めに入る。
騎士団の人間が現れたことで、先程までの威勢はどこへやら、三人組はすっかり憂色を漂わせている。

騎士―――ユキノは、三人のローグとデビルチを抱える少女を交互に見やった。
かたや、いかにもチンピラです、という風情の三人のローグ。
かたや、17、8歳くらいの後ろ頭を赤いリボンで飾った、長い金髪の町娘といった感じの少女。

多少主観が含まれようとも、どちらに非があるかは一目瞭然であり、間違いない。

「王都において、このような騒ぎは見過ごすわけにはいかんな」

ユキノが、ちらっと鋭い視線を向けると、ローグ達はビクリと肩を震わせる。

「事と次第によっては、お前達には騎士団まで…」

「俺たちゃ、別に騒ぎを起すつもりなんて…なぁ?」

「そうそう! ちと早とちりしちまったっていうか…」

「そういうわけで、失礼しや〜す!!」

ユキノの言葉を遮って、三人組は脱兎のごとく駆け出すと、あっというまに視界から消えたのだった。
そして、事が収まったので、野次馬たちも散らばっていく。

「やれやれ…。えっと、君、大丈夫だった?」

肩すくめてため息をつくと、ユキノは少女のほうへ歩み寄った。

「あ、はい…どうも、ありがとうございました」

ぺこり、と頭を下げる少女。

「最近、色々と物騒だから…ああいう気が立ってる人も多いし、あまり無理しちゃダメだよ?」

「はい、気をつけます」

諭すようなユキノの言葉に、少女は素直に頷いた。
そんなやりとりをしていると、不意に子供のような高めの声が響いた。

「お嬢さんや、そろそろ降ろしてくんない?」

いつのまにか目を覚ましたデビルチが、頭を反らして少女を見上げていた。

「あ、はい」

少女が言葉に従って地面に降ろすと、デビルチは交互に両腕を左右に伸ばすと、次に背を反らした。
筋を伸ばすような動きは、まるで準備体操でもしているようだ。

「あんたたちが、助けてくれたのか?」

体操を終えたデビルチは、くるりと振り向いてそう尋ねてきた。
デビルチの行動に呆気に取られていたふたりは、揃ってこくこくと頷いた。

「ふむふむ。おかげで命拾いした、素直に礼を言うぞ」

「いえ、どういたしまして…」

ふんぞり返って礼になってない礼を述べるデビルチに、少女は困ったように曖昧な笑みを浮かべて、そう返した。

「ところで、お前は…はぐれキューペットなのか?」

と、しゃがみ込んで尋ねるユキノ。
はぐれキューペットというのは、飼い主のもとから逃げ出したり、迷子になったり、捨てられたりして、街中をうろつくようになったペットモンスターのことである。

「いや、俺は人間に飼われたことなぞない」

そう言って、またもや偉そうにふんぞり返えるデビルチ。
ユキノは苦笑いを浮かべて、次の質問を投げかける。

「じゃあ、なんで白昼堂々、街中をうろついてたんだ?」

「人間の街…それも一番でかい首都に興味があってなー」

「興味、ですか?」

デビルチの言葉に首を傾げる少女。

「そうそう。どんだけでかいのかなーとか、どれくらい人がいんのかなーとか、どんな暮らしてるのかなーとか、どんな食い物があんのかなーとかな」

と、デビルチは矢継ぎ早に言葉を続ける。心持ち最後の「食い物」を強調して。

「なるほどね」

ユキノは軽く頷いた。
はぐれキューペットじゃないと聞いて、一瞬警戒もしたが、どうやら無害のようだ。

「そうそう。名乗るのが遅れたなー、俺の名はジンという」

「ボクは、ユキノ」

「私は、レイハと申します」

デビルチ―――ジンにつられるように、自分の名を告げるふたり。
すっかり、この偉そうで陽気なデビルチのペースになっている。

「ユキノにレイハかー、いい名前だなぁ…んで、レイハよ」

「はい? なんでしょうか…?」

スカートの裾を掴んで見上げてくるジンに、レイハは怪訝な表情を向ける。

「そんな怪しむような目で見ないでくれよー、ちょっとお願いしたいことがあるんだけどさ」

「わ、私にできることでしたら」

「そんな難しいことじゃないから安心しろって。俺をさ、お前の使い魔にしてくれない?」

一瞬の沈黙……

「「はい…?」」

声を揃えて、目を丸くするユキノとレイハ。

「誰かの使い魔になれば、さっきみたいなことにならずに済むって寸法さ」

デビルチ曰く、人間と契約を交わして、人間を傷つけてはならないという理を持てば、凶悪な魔物として認識されなくなるらしい。

「それは、キューペットになるのとたいして変わらないんじゃ?」

というか、キューペットになったほうが…とユキノは言葉を続けるが、ジンはペットなんぞカッコ悪いじゃないか、とにべもなく言い放った。

「でも、使い魔にするなんて…そんな簡単にできるものなのですか?」

「うむ。俺のほうから人に降りたいと言ってるのだから、普通より簡単だ」

それじゃあ、契約の呪文を教えるぞ、とレイハの返事も聞かずにすらすらと言葉を続けるデビルチ。
ユキノは、ただ目の前の光景を静観している。

「あ、はい…それじゃあ、やってみますね」

心の中でたった今教わった呪文を反芻して、呟くレイハ。

「おうよ」

「我が名はレイハ…デビルチ、ジンよ…我、汝に人の配下に降らんことを願う…我、ここに汝と魔の契りを結ばん…我が声、我が願いを聞き入れ、我を主とせよ」

「心得た。我はこれより汝に降らんことを確約しよう」

ジンの言葉が終わったところで、レイハはパチパチと幾度か瞬きをする。
ユキノも同じように瞬きをしている。

「何も起こってないようだけど、今ので終わりなの?」

と、小さく問い掛けるユキノ。

「あぁ、今ので終わりだ」

「そうなんですか…ずいぶんとあっさりしていますね」

「だからいったろー、簡単なものだってさ」

ジンは得意げに顔の前で指を振る。
こうして、ここに少女と子悪魔の新たな主従関係が成り立ったのだった。


「それじゃあ、そろそろボクは失礼するかな」

と、立ち上がって腰をひねるユキノ。

「おう、またなユキノ」

やはり偉そうに言うジンに、ユキノは苦笑を返して、レイハを顧みる。

「面倒みるの大変そうなやつだけど、頑張ってね」

「あ、はい、頑張ります。ユキノさん、今日はありがとうございました」

「いえいえ。それじゃあ、また機会があれば」

「ごきげんよう」

ぺこり、と頭を下げるレイハ。
大変そうとは失礼な、俺はレイハに迷惑かけないぞ、きっと―――などと、何やら文句を言ってるジンを無視して、ユキノは手を振ってその場を後にした。

「そうだ、レイハー、俺お腹すいたぞー」

「ユキノ…ユキノ・ムツキ・シュトラーセ?」

「レイハ…?」

遠ざかっていくユキノの背を見つめて、ぽつりと考え込むように呟くレイハに、ジンは怪訝そうに声をかける。

「あ…なんですか?」

「いや、お腹すいんたんだけど…というか、知ってるやつだったのか?」

レイハは、柔らかく微笑んで、軽く首を振ると

「ちょっと聞いたことがある名前だなって思っただけ」

そう答えた。

「ふぅん…」

「それより、ジン。何が食べたいですか?」

「そうだなー…う〜ん、クレープというのが食べたいぞ!」

ジンの言葉を聞いたレイハは、キョロキョロと視線を彷徨わせると―――

「えっと…クレープ屋さんはこっち、かな」

少し自信なさげに歩いていく…目的地とは逆の方向へ。