Ragnarok Online ShortStory  05話「新メンバー」



「遅いぞ、ユキノ」

レオの執務室に訪れたユキノに、開口一番叱責する部屋の主。
ノーザンナインのメンバー、アリス、オニキス、ミズカは隊長であるユキノより先に揃っていた。

「いえ、ちょっと街で色々あったので」

と、ユキノは曖昧に返しながら、横一列に並ぶメンバーの前に立つ。
別に時間は指定していなかったでしょう?と返そうと思ったが、一番遅れてくるとは部下に示しがつかん、と言われそうなので
その言葉は飲み込むことにした。

「まぁいい、お前達に新たな任務を伝える。今朝、ラティとヴェルクが帰還したのでな、明日の昼には部隊を再編して出陣することになる」

「それで、ボク達の任務の内容は?」

と、先を促すユキノ。他の三人もじっとレオの言葉に耳を傾けている。

「今回は討伐軍に動向して戦列に加わってもらう」

「それって…戦に参加するってことですか?」

おずおずと尋ねるアリス。
この一ヶ月の任務で、軍に加わることはなかったのだから戸惑うのも仕方ないだろう。
ミズカも少し落ち着かない様子で、ユキノとオニキスは平静を保っている。

「軍と一緒ってことは、いつものような勝手気ままな行動はできないわけですね」

「勝手気まま…?」

聞き捨てならない、と言った風情で、レオは半眼でユキノを睨めつける。

「軍規に縛られてるわけじゃないので、軍より自由な行動ができるってことですよ」

「そういうことか…てっきり、任務をそっちのけで行動してることもあるのかとな」

ユキノは、そんなことあるわけないじゃないですか、と笑って返す。
だが、任務中に多少脱線することがあるのは事実だったりする。

「レオ将軍、今回は軍と一緒に戦列に加わるだけでしょうか?」

と、話を戻すオニキス。

「いや、調査隊の仕事は調査だからな。討伐が終了した後の現地調査もしてもらう」

「調査にあたるのは、ボク達だけですか?」

「北方第三、五小隊と西方第二、七小隊の四隊も同行する」

「ウチも含めて五小隊導入とは、今回はちょっと力が入ってますね」

腕を組んで唸るユキノ。
その後ろでは、アリスが、なんだか今回はハードだねぇ…と困ったように隣にいるミズカに笑いかけている。

「魔物が大量に発生したといっても、ここまで大規模だったケースは少ないからな」

これまでに魔物の襲来や大量発生の報告はあったが、その多くは比較的小規模なものだった。
とはいえ、頻繁にそういうことがあるため、徐々に疲弊していっているのがルーンミッドガッツ王国の現状なのだが…。

「とにかく、任務の内容はすべて伝えた。何かあれば、ヴェルクかラティに聞けばいいだろう」

「了解しました。それじゃあ、今日はこれで終わりですか?」

「明日に備えててくれ、と言いたいところだが、実はまだ―――」

コンコン

と、レオの言葉を遮って、ドアをノックする音が部屋に響く。そして、ユキノ達はドアのほうを振り返った。

「レオ将軍、ケイナです」

「おう、入ってくれ」

「失礼します」

ゆっくりとドアが開き、現れたのは、白い軽鎧を装備し、長い黒い髪を下ろした妙齢の女性…聖堂騎士ケイナ・バレンタインと―――

「おぉ〜、ユキノじゃないかぁ!」

クレープを手に持ったデビルチが元気な声を発した。
デビルチは体が小さいため、持っているというより、抱えているといったほうがしっくりくる。

「な…ジン!?」

「そんなに驚くなよー、レイハもいるぞぉ」

予想だにしない子悪魔の登場に目を丸くして、驚くユキノ。
ケイナの後ろには、先程会った少女が立っているが、その出で立ちは会ったときのものと違い、聖騎士だけが許される白い甲冑を身に纏っていた。

「君…クルセイダーだったの?」

「なになに? ユキノの知り合いなの?」

「ほぇー…喋るデビルチって見るの初めてです」

口々に騒がしく喋り始めるユキノ、アリス、ミズカ。オニキスは沈痛な面持ちでこめかみを押さえている。

「あぁ…さっき、来る途中で―――」

「なぁなぁ、ユキノー。聞いてくれよ、レイハったらさっきなー」

「ジン! それは秘密に…!」

「このデビルチ、ジンって名前なんだぁ」

「そう俺はジンっていうんだ、よろしくな。そんでな、レイハときたら…道を間違って」

「ジン…!!」

「うぉっほん…!」

大きく咳払いするレオ。
しまった、と言わんばかりに口元を押さえたり、お互いの顔を見合わせて、静まり返る一同―――

「それでだなー道に迷って困ってたら、そこのケイナに道教えてもらって、クレープも買ってもらったんだ」

その中、ただひとり喋りつづけるジン。
あまりに空気を無視した態度をとるデビルチに、一同は呆気にとられている。

「ま、ちゃんとクレープも手に入ったし…もぐもぐ」

と、ジンはクレープをパクつきはじめる。

「そのクレープ、中身はなんです?」

ジンの食べているクレープを見つめながら、尋ねるミズカ。

「もぐもぐ…んー、ちょこばななだぞ」

「いいなぁ…」

よだれが垂れていてもおかしくないほど羨ましそうな表情で、ミズカは呟きをもらす。
クレープ…特にチョコバナナはミズカの大好物なのだ

「ミズカさん…」

「すいません…」

オニキスの叱責するような低い呟きを聞いて、口を紡ぐミズカ。

「ふぇ…ねぇ、ユキノ。帰りにクレープ屋さんに寄って帰ろっか?」

「アリス…ッ」

叱咤するユキノに対して、アリスはぺろっと舌を出して小さく笑う。
はぁ…というユキノ、オニキス、ケイナ、レオ…四人のため息が、クレープを咀嚼する音とともに室内に響く。

「あー…とにかくだな、話を戻すぞ」

レオは、こめかみを押さえて声を絞り出す。

「そちらの…ケイナと一緒に来て貰った子は、今日から新しくノーザンナインに配属することになった―――」

「クルセイダーの、レイハ…レイハ・バレンタインです。皆さんよろしくお願いします」

と、レオの言葉の後を引き継いで、自己紹介するレイハ。

「それと、こっちは私の…使い魔のジンです」

未だにクレープをパクついてるジンを、レイハは指し示して紹介する。

「もぐ…よろしくなー」

クレープを食べ終えたジンは、いつものようにふんぞり返る。
そして、次はノーザンナインのメンバー達が自己紹介をはじめる。

「既に知ってるだろうけど、北方第九調査小隊隊長のユキノ・ムツキ・シュトラーセです。改めてよろしく」

「わたしは、アリス・メリルっていいます。レイハちゃん、ジン、ふたりともよろしくね」

「オニキス・マグナ・レータです。よろしくお願いします」

「ミズカ・エクールです。ふたりともよろしくです」




「ようやく、新メンバーの紹介が終わりましたね」

ケイナはレオの隣に歩み寄って、穏やかに笑う。レオは、傍らの彼女に、ああ、そうだな…と苦笑いして返す。

「しかし、本当に調査隊に参加させて良かったのか・・・?」

「ええ、まぁ・・・それがあのお方の意思ですから」

レイハへ視線を向けて、ケイナは案じるような表情を浮かべて頷く。

「そうか・・・ユキノ達がいれば、身の心配はしなくていいだろう」

レオは言い聞かせるような声音で頷き返す。その呟きと表情には彼らに対する信頼が窺え知れた。

「随分とユキノ君を高く評価していらっしゃいますよね」

と、ケイナは声に笑みを含ませる。

「別にユキノだけではないがな・・・それに、ユキノを高く評価しているのはお前も同じだろう?」

「それも、そうですけどね」

ケイナは口元を押さえて、静かに笑みを漏らすが、再び憂慮する表情に戻ってしまう。

「お前の心配性は、いつまでたっても直らんな・・・」

レオの呆れたような呟きに、ケイナは困ったような曖昧な笑みを返した。



レオとケイナが声を潜めて話しをしている一方で、ノーザンナインの面々はまた騒がしくお喋りを始めていた。

「バレンタイン、というと…ケイナさんのご親戚なの?」

「はい、ケイナさんは…わたしの叔母に当たります」

「ケイナさんに、姪御さんがいるなんて知らなかったな」

アリスとケイナのやりとりを聞きながら、ユキノは感嘆の息をもらす。
三年前、シュトラーセ家に引き取られてからユキノは、義父リチャード、レオ将軍、そして聖堂騎士ケイナの三人に剣術を師事している。
だから、ケイナとの付き合いもそれなりに長いので、レイハのことを知らなかったことに少なからず驚きを覚えていた。

「わたしも、こんなに可愛い姪御さんがいるなんて知らなかったよ」

うんうん、と頷きながら相槌を打つアリス。
アリスもまた、プリーストと聖堂騎士という職業柄、ケイナとよく大聖堂で顔を合わせている。

「可愛い…だなんて、そんな―――」

頬を染めて、返答に詰まるレイハ。

「照れるな照れるな、良かったじゃないかー褒めてもらえてさー」

ぽむぽむ、とレイハの足を軽く叩きながら笑うジン。
オニキスだけは、そのやりとりには加わらずに、静かにレイハの顔を眺めている。

「オニキスさん、どうしたんですか?」

その様子に気づいたミズカは、怪訝そうに小声で話し掛ける。

「いえ、どこかで見たことがあるような気がして…」

「ほぇ…」

「でも、記憶違いのようです」

と、静かに笑うオニキス。
ミズカは釈然としないさまで小首を傾げるが、すぐにユキノたちの会話に戻っていく。

「今夜は、歓迎会を兼ねてどこかのお店にご飯を食べに行こっか?」

「そうだね…どこがいいかな?」

「おぉ…宴会かー! うまいものいっぱい食べれそうだー」

「桜花屋さんはどうですか?」

「う〜ん…桜花屋は喫茶店だしねぇ、ポールさんにあらかじめ話を通しておけば、料理とか用意してくれるんだろうけど」

ミズカの提案に対して、ユキノは腕を組むと難しそうな顔をして、そう返した。
桜花屋というのは、ノーザンナインのメンバーがよく行く喫茶店で、お茶とケーキが絶品なので人気のあるお店だ。

「じゃあ、白熊亭でいいんじゃない?」

「そうですね、あのお店なら料理も美味しいですし、給料日前の財布でも安心ですから」

と、今まで会話に入っていなかったオニキスが、アリスの案に同意する。
白熊亭というのは、居酒屋に近いのだが、料理もお酒も美味しく、何より安いのが売りな店だ。

「さすがに、ラ・ルナとかに行くのは辛いし、白熊亭でいいかな」

「ラ・ルナって高級レストランじゃない・・・」

「まぁ、給料日前じゃなかったら、それもアリじゃないかなぁ・・・と」

「レイハさんは、白熊亭でいいですかー?」

ユキノとアリスのやりとりの横で、ミズカがレイハに話し掛ける。

「あまりお店とかは詳しくないので、お任せします」

「それでは、決まりですね」

オニキスの言葉に、5人とも頷いて同意を示す。

「それじゃあ…夜まで時間あるし、いったん帰って、7時くらいに大通りの噴水前で―――」

「おいおい、お前達。いい加減そういう話は余所でやってくれないか?」

と、アリスの言葉の途中で、レオは苦笑いを浮かべて割ってはいる。
お喋りに興じていたノーザンナインの面々は、お互いの顔を見合わせて取り繕うように、曖昧な笑みを浮かべている。

「仮にも、ここは執務室で談話室じゃないのだからな」

「すいませんでした。それじゃあ、ボクらは退出させてもらいます」

一礼して、ユキノたちは部屋を出ようとすると、レイハに引き止められた。

「ユキノさん、ちょっと待ってください」

「ん? 何…?」

訝しげに振り返るユキノ。

「ひとつ、折り入って、お願いしたいことがあります」

「ふむ…ボクにできることなら―――とりあえず、言ってみて」

レイハは真剣な面持ちで見上げてくるので、ユキノも表情を引き締める。
言葉を紡ぐ前に、すぅ…と軽く息を吸うレイハ。執務室に沈黙が下り、微かに緊張感が走る。

「私と是非、お手合わせしていただきたいです…!」

と、力強い声音でレイハ。

「え…?」

ユキノを含むノーザンナインのメンバーは、その突然な申し出に目を丸くしていた。




そして―――



レイハの申し出を受けることにしたので、皆揃って屋外の試合にも使われる修練場に来ていた。
敷石を並べて作られた舞台の上で、ユキノとレイハは3メートルほど間合いを空けて対峙している。
ユキノの手には練習用の木刀、レイハの手には身の丈ほどある長さの棍が握られている。

(う〜ん…ボクと戦ってみたかった、とはね)

青空の下、表情を引き締めたままユキノは、心の中で苦笑する。
ここに来る途中にケイナから聞いた話によると、レイハはケイナに槍術を師事していて、そのときにユキノの話を聞かされ、興味を持ったらしい。

(レイハは、あのケイナさんの秘蔵っ子だ。油断はできないな…)

ケイナは剣術、槍術ともに一流…いや、超一流の腕前だ。そのケイナから教えを受けたのだから、それなり以上の腕前であることは確か、と見ていいだろう。
ユキノの思考は徐々に…多少、ケイナがどんなことを話していたのか気にならないでもないが、戦闘モードに移行していった。

「構え!」

と、その時、朗々としたレオの声が響く。
ユキノは木刀を正眼に、レイハは左半身になり棍の先を下に向けて、お互いに構えを取る。
ちなみに、先述した通りここは試合場も兼ねているので、レオを始めとした他の面々は階段状になっている客席から試合を見守っている。

「始めっ!」

始まりの合図とともに、まず先に動いたのレイハだった。
レイハは大きく踏み込み、ユキノの胸部を狙って突きを繰り出す。

ヒュ…!

が、初撃は、素早く一歩横にずれたユキノに避けられ、空を切っただけだった。
ユキノは、突きを繰り出した直後の隙を逃さずに、反撃に出ようとしたが―――

「くぅ…!」

レイハが棍をわずかに引き、すぐさま払いによる第二撃を放ったため、慌てて後ろに跳び退いた。
棍を引き戻して、レイハはユキノを真っ直ぐ見据えながら、再び構えを取る。

(予想以上に早いな…)

棍を引いて受けるか、引いて避けるかのどちらかに出ると思ったが、すぐに第二撃が間に合うとは思わなかった。

(これは小手先の戦い方じゃあ…まず勝てないな)

それに何より相手も不満だろう、とユキノは思う。
避けて、反撃に出て、思わぬ反撃に驚いて飛び退く…先の攻防の、飛び退いたところで、レイハが一瞬眉をひそめたので、小手先の戦い方に不満を感じていることが読み取れた。
全力で相手に応えるために、ユキノ軽く息を吸うと、は木刀を下段に構え直して、レイハの間合いへ疾駆した。

(さすがに早い…!)

騎士団最速の噂に違わぬユキノの踏み込みの速さに、レイハは驚嘆すると同時に感嘆しつつも、冷静に対処する。
まず侵入を阻むために牽制の突きを放ち、ユキノを足止めさせる。
ユキノは、その突きを二撃目に払いが来ると警戒して、横に飛んで避けると、左から回り込む。

「くっ…」

左から回り込もうとしたが、レイハはすぐに振り向いて、突きを連続で放ち、ユキノを近づかせない。
剣の間合いに踏み込めないユキノは、レイハが繰り出す棍を木刀で受け流し、あるいは体をずらして避ける。
体力の消耗を抑えるために最小限の動きで、レイハの攻撃を捌いているが、繰り出される棍のキレは衰えることがなく、なかなか反撃の機会を掴めない。

(やっぱり、リーチの差が厳しいな…)

槍のほうが剣よりリーチが長く有利だが、懐へ飛び込めれば槍で剣に対応するのは難しい。
だから、素早く懐へ飛び込み、早々に決着をつけようと思ったのだが、レイハの槍術の腕と速さはユキノの予想を上回っていた。

(こうなったら…)

妙計を案じたユキノは、怒涛の如き三連突きをわずかに身を捻り紙一重で回避すると、やや後ろへ下がり間合いを空ける。
レイハはユキノが下がると同時に踏み込んで、渾身の突きを放ち、ユキノがわずかに体をずらしたところで、棍を止めた。

(この勝負、もらいました…!)

ユキノが最小限の動きで避けることを読んでいたレイハは、勝利を確信して突きを払いへ転じて棍を繰り出す。
だが、この突きから払いへの切り替えもユキノの読み通りだった。ユキノはレイハへ向かって大きく跳躍する。
そして、払いを放って隙だらけのレイハを一撃して勝負は決まるはずだったが―――

「てぇぇいっ!」

レイハは棍を地面に叩きつけると、その反動を利用して、切り返しの速度が増した一撃を繰り出した。

(な…!?)

予想外の、空中にいる自分には絶対回避不能な攻撃に驚き、ユキノは目を剥く。

「ぐぁ…!」

咄嗟に腕でガードするが、まともに受けたユキノは、大きく横へ吹き飛ばされた。
だが、ユキノはなんとか受身を取ると、素早く構えを取り直して、気息を整える。

(今のは、きわどいか…?)

受身はとれたが、まともに食らったし、今ので負けだろうか―――
ちらっとレオの方を顧みると腕を組んで見下ろしている。どうやら、試合続行のようだ。

「命拾いをしましたね」

「まったくだよ…」

お互いに気息を整えながら、唇の端を吊り上げるレイハとユキノ。
数秒後、二人は間合いを詰めると再び攻防を繰り広げ始めた。



一方、観客席側では―――

「ユキノ、かなり苦戦してるね…」

と、アリスは手を組んで試合を見守りながら呟く。

「あのユキノさんと、ここまで渡り合うとは…」

感嘆とも驚嘆ともとれる呟きをもらすオニキス。ミズカはその隣で小さく頷く。
ユキノの実力は若手騎士の中でも筆頭で、熟練の騎士にも劣らない、ということは周知であり、アリス達もその実力は充分に知っている。
だから、ユキノと同年代で、互角に―――いや、わずかに優勢となっているレイハの実力に驚きを覚えていた。

「だが、まだこれからだな…」

顎をさすりながら、レオは低い呟きをもらす。

「え…?」

アリス達の視線がレオに集まる。

「ユキノとレイハの腕は、ほぼ互角だが…ユキノにはレイハに勝っている面がいくつかある」

と言って、ニヤリと唇を笑みの形にするレオ。その言葉を聞いて、ケイナは同意を示すように首肯する。

「例えば、どこがですか?」

試合のほうに目を向けつつ、オニキスはそう尋ねる。
試合場では、レイハが手を止めることなく攻め続けて、ユキノはその攻撃を避けあるいは受けて、凌いでる。
ちなみにジンは、無駄口ひとつ叩かずに、熱心に試合を観戦している。

「実戦経験の差と、機転が利くところ、だな」

「なるほど…」

納得がいって頷くオニキス。
実戦経験の有無の差は、最後に勝負をわけるときに大きく現れることを、ノーザンナインの面々は身をもって知っている。

「とにかく、ユキノには勝ってもらわなきゃ困るよね」

「? どうしてですか?」

じっとユキノに視線を注ぎながら、アリスは力強い声音で言い放つ。

「だって、勝って、ちゃんと隊長さんとしての実力を示してもらわないと!」

アリスの言葉を聞いて、観客席の面々は笑い出す。

「それは、言えてますねぇ」

「うんうん、ユキノさんはここで勝たないとっ」

「ふはははっ。そうだな、部下に示しがつかんな」

ただ、ジンは熱心に試合観戦。ケイナはどちらも自分の教え子だからか、頬に左手を添えて不安そうな表情をしていた。





(む…なんか、観客席側が賑やかなような)

みんな、好き勝手なことを言ってるのではないか―――そんなことを考えながら、ユキノはレイハの攻撃を避ける。

(例えば、仮にも隊長が部下に苦戦しすぎだとか、そんなんじゃ部下に示しがつかんとか、この馬鹿弟子がとか―――)

馬鹿弟子、とは言われていないが、前の二つは言われている。
ユキノが思考の隅で、埒もないことを考えていると、そこにわずかな隙が生まれた―――

「…っ―――せぇいっ!」

その隙を逃さずに、レイハは棍を振り上げると、ユキノの脳天目掛けて勢いよく振り下ろす。

カッ…

木刀と棍が打ち合う小気味よい音が鳴り響く。
ユキノは咄嗟に木刀の両端を掴んで頭上に掲げ、レイハの一撃を受け止めていた。

(木刀は剣であり、棒だ。剣術と棒術、等しく使いこなせれば万能の武器となる―――か)

レオの教えを心の内で反芻するユキノ。
今の一撃、剣として構えていれば、勢いに押されて、そのまま脳天を打たれていただろう。

「くっ…」

悔しそうに呻いて、レイハは棍を引いて間合いを取る。
ユキノは木刀を両手で正眼に構えなおす。

(そろそろ決着をつけたいな…)

激しい攻防の繰り返しで、両者ともに疲れが見え始めていた。
肩で息をする、というほどもでないが、だいぶ呼吸が荒くなっている。

(レイハのスピードに勝るためには…策(て)はひとつ)

必勝の策を思いついたユキノは、摺り足でレイハとの間合いを詰めていく。

「そろそろ、決着をつけさせてもらうよ」

「ええ、私もそのつもりです」

ユキノは、ギリギリまでレイハとの間合いを詰めると、木刀を振りかぶって跳びこんで、再度攻防を繰り返し始める。

(勝負に出る―――!)

数合木刀と棍を打ち合わせた後、ユキノは背を向けると、マントの止め具に手をやりながら、間合いの外へ駆け出す。

「ここへ来て、逃げなど―――!!」

レイハは深く踏み込んで、渾身の力を込めた突きを、ユキノの背中目掛けて放った。
だが、レイハの棍はユキノの背中を捉えることはなかった―――

(しまった…!?)

棍の先に絡まっているマントを見て、驚愕するレイハ。
ユキノは先の一撃を、マントを外しながら、振り向きざまに避けていた。
マントが絡まって、棍の動きを一瞬止まった隙を逃さずにユキノは、レイハに向かって一気に間合いを詰める。

「くぅ…!」

素早く棍を引き寄せようとして、レイハはまたもや驚愕することになる。

(棍の引きを利用して…!?)

ユキノの左手が棍を握っているのだ。
棍を引く速度をも利用して、加速をつけたユキノはレイハへと肉迫し―――

「勝負あり、だね」

死角から彼女の喉元に木刀の先を突きつけて、静かにそう告げた。

「負けました…」

目を閉じて、深い息とともに呟くレイハ。
その言葉を聞くとユキノは木刀を引いて、レイハと距離をとって一礼する。

「あ、ありがとうございました」

先の驚きが抜けてないのか、つられたように、レイハは少し慌てて頭を下げる。

「ユキノさんの強さは、噂に違わないものでした」

「そう…? レイハの強さも、かなりのものだったよ」

(というか、負けてたかもしれないしなぁ)

心の中で軽くため息をつくユキノ。こんなにもいい勝負ができるとは思っていなかった。

「とにかく、いい勝負ができてよかったよ」

と、レイハに歩み寄って、ユキノは握手を求めて右手を差し出す。

「はいっ、そうですね」

晴れやかな顔で、ユキノとレイハはお互いの手を握り返した。



そうこうしていると、観客席からアリス達が駆け寄ってきた。

「ユキノ、偉いよ。よく勝ったね」

「流石、私たちの隊長ですね」

「でも、レイハさんもすごかったです」

「レイハー、おしかったなー。でも、すごくいい勝負だったぞ」

と、次々に賞賛の言葉が送られる。

「うんうん。ジンもすごい熱心に試合観てたし」

「へぇ…ジンがねぇ」

「いやー、だってな、あんなすごいの観るの初めてだし」

そうこうしていると、賑やかなノーザンナインの面々より遅れて、レオとケイナがやってくる。

「二人とも、いい勝負でしたよ」

「うむ。若手同士にしては、稀に見る好勝負だったな」

「あ、ありがとうございます」

「どうも」

ケイナとレオの賛辞に対し、素直に頭を下げるレイハとユキノ。
だがユキノは、レオ将軍はホントにそう思ってんのかなぁ…と内心で疑っている。
ノーザンナインの面々が、ひとしきり歓談した後、レオが口を開く。

「さて、と…お前たちは、明日出陣が控えている。今日はそろそろ退出して、各自しっかり身を休ませておけ」

『はい!』

揃って敬礼するノーザンナインのメンバー達。
敬礼した後、7時に噴水広場でー、と言葉を交わしながら去っていく。

「明日は、初陣だというのに、暢気なものだな」

遠ざかっていくノーザンナイン達の背を見ながら、レオは顎をさすりながら苦笑いを浮かべる。

「初陣の前だからこそ、必要なのかも知れませんよ。アリスさんとミズカさんは少々不安なようですし」

「まぁな…。しかし、流石は心配性なだけに、相手の不安も読み取れるか」

レオは、唇の端を吊り上げて人の悪い笑みを浮かべるが―――

「そういう言い方は、やめてもらいますか…?」

珍しく厳しい表情を浮かべたケイナに、冷たく睨まれて、すぐに笑みを引っ込めた。






そして、その日の夜。白熊亭にて―――

「あはははっ。ほらほら、ユキノももっと飲みなさいって!」

「って、こら…アリス! 何、お酒なんか飲んでるんだよっ!」

「いいじゃない、いいじゃない。硬いこと言わないでー」

「ふぅ…アリスさんも困ったものですね。…と、ミズカさんも飲みすぎでは?」

「へれー? そんなことありませんよ…ごくごく」

「二人とも意外に酒豪だったのですね…まだ未成年だというのに」

「ガツガツ…んぐっ…もぐもぐ…おいしいなぁ」

「ジン、ちょっと食べ過ぎじゃ…」

「レイハちゃんも硬いことをー。じゃんじゃん飲み食いしなよー」

「アリス! ジンジャエールの残ってるグラスに酒を入れるなーー!!」

と、こんな感じでノーザンナインのメンバーは夜が更けるまで大騒ぎしていたのだった。