Ragnarok Online ShortStory 06話「出陣」
ミョルニール山脈へ、討伐隊が出陣する前日の夜。
諜報機関所属の密偵であるデュークは、宰相の執務室に呼び出されていた。
デュークは長身痩躯で、年の頃は20代後半。アサシンの衣装に身を包んでいて、金髪がクセ毛になっている男性だ。
「こんな夜更けに呼び出しとは、一体どんなご用件で?」
と、デュークは、如何にも高級そうな机に両肘をついている初老の男性、宰相チャールズ・クロイツに問い掛けた。
チャールズの後ろには、片眼鏡をかけた20代半ばのウィザードの青年―――彼のひとり息子であるウィリアムが控えている。
「単刀直入に言おう。貴公には、明日ミョルニル山脈へ派遣される討伐隊に同行したもらいたい」
「討伐隊へ?
私は諜報機関所属の人間ですから、表に出るのは・・・」
宰相の要請に難色を表すデューク。彼の仕事はあくまで裏であり、表に出ることは憚れるものがある。
「デューク。その名も本名かは定かではないが・・・素性や名前など、いくらでも偽れるだろうて」
「それは、そうですが・・・しかし、何故私が討伐隊に?」
その問いに対して口を開いたのは、チャールズではなくウィリアムだった。
「人手不足だから、単純にお前の腕を買ってというのもある・・・が、今回から俺も義勇軍に参加することになったのでな」
「つまり、護衛ということか・・・」
得心したデュークは、両腕を組んで呟きを漏らす。
「で・・・どうだ、デューク。引き受けてくれるだろうか?」
「・・・・・・ウィリアム殿は宰相のひとり息子ですしね。この件、引き受けましょう」
しばし悩んだ末、デュークは、仕方ないといった風情で頷く。
「引き受けてくれるか。礼を言うぞ、デューク」
破顔するチャールズに、デュークは静かに「いいえ」と返す。
現在のルーンミッドガッツ王国は支える宰相は、実は親バカだったのか・・・と妙に感心しながら。
「では、登録手続きはこちらでしおくが、名前はどうするかね?」
デュークは、目を伏せて少しだけ考え込むと、新たな名を口にする。
「ウォルフ・・・ウォルフ・ディヴェールとでも書いておいてください」
「色々ある、か・・・ぴったりだな」
と、その名を聞いて、唇の端を吊り上げるウィリアム。
デュークは一瞬ウィルのほうに視線を向けるが、気にしたふうもなくチャールズへ向き直る。
「その名前で登録しておくことにしておこう。
では、デューク。明日に備えて、もう退出してよいぞ。」
「それでは、失礼します」
デュークは、一礼すると宰相室を後にした。
「おい、デューク」
宰相室を出て廊下を歩いていると、デュークは後を追ってきたウィリアムに呼び止められた。
「なんでしょう?」
振り返って、静かに言葉を発するデューク。
「あぁ・・・堅苦しい言葉遣いはしなくていい」
と言って、ウィリアムは手を軽く振る。
「では、何の用だ?」
「いや、父上が無茶なことを申し出て、すまなかったな、と」
「なんだ、そのことは気にするな・・・と言いたいが、ひとつ聞いていいか?」
「うん? なんだ?」
と、怪訝そうな表情を浮かべるウィリアム。
「何故、義勇軍に参加する?
正規軍あたりで部隊を率いるとかではダメなのか?」
先程、宰相室で訊いておけば良かったか、と思いつつ疑問を口にするデューク。
といっても、宰相の前で、あれこれ訊く気にはなれなかったのだが。
「俺はこれでも文官だからな。軍に付いて行くのは色々と面倒なんだよ」
例えば、慰問使だとかって偽るとかな・・・と言いながら、ウィリアムは右手で後頭部を掻く。
「で、義勇軍に参加する理由は、人手不足だから少しでも役に立てれば、といったもので・・・大したものじゃない」
「ふむ・・・文官よりも兵や武官が欲しい状況だからな」
納得したデュークは、顎を引くようにして頷く。
「そういうことだ。まぁ、明日からはよろしく頼むぞ、デュー・・・いや、ウォルフ」
そう言って、ウィリアムは右手を差し出す。
「ああ」
ウォルフは短く答えると、ウィリアムの手を軽く握り返した。
そして、翌日―――
正午。討伐隊は、プロンテラ北門の外に集合し出陣を控えていた。
部隊の陣容は調査小隊5部隊を含んだ総数250。率いるのは若き女聖騎士ラティ。そして、副官はウィリアムである。
ラティは出陣前に調査小隊のメンバー、20数名をを召集すると、ほとんどの者が従軍するのは初めて、ということを踏まえて訓示を始めた。
「軍ともに行動することに、戸惑いを感じている者もいるだろう。そこで、調査小隊に関して直接指揮を執るのは、私ではなく、各小隊長に任せようと思う」
ラティは、そこで一旦言葉を切ってから、目の前に整列する小隊員達の反応を窺う。
急な言い渡しに対し、一様に戸惑いの色を示しているのを確認すると、再び朗々とした声を発して訓示を続ける。
「今回は、今まで行動を共にした者が指揮を執ったほうが、やりやすいだろうと思って、こうすることにした。
それに、諸君らの本当の仕事は討伐終了後にある。戦いに関しては我々に任せて、諸君らは自分たちの任務に専念してもらいたい」
以上、解散!と言いかけて、ラティはまだ言うことがあるのを思い出して、口を開いた。
「それと、だ。義勇軍は正規兵ではなく、志願者で構成されているので、軍律は正規軍より厳しいものとなっている。
なので、軍律は厳守するように。―――以上解散!」
解散の言葉を聞くと、調査小隊の面々は敬礼をした後、本隊へ向かって散らばり始める。
その中で一小隊だけ、その場に残っているものがあった。
「やっぱりラティさんよりか、ヴェルクさんのが盛り上がりますね」
残った小隊―――北方第九小隊隊長のユキノは、ラティの前へ歩み寄って、そう声をかけた。
「どうも私は、こういうのが苦手でね」
と、肩をすくめるラティ。
今回は首都に残ることになった彼女の相棒であるヴェルクは、所謂熱血漢なので、奮い立たせることに関しては秀でている。
沈着冷静なラティと違い、猪武者という指揮官としての欠点を抱えているが・・・。
「それより、ユキノ。そんなことを言うために残っていたのか?」
「いいえ。顔合わせるのはひさしぶりだから、少し話しておこうかと」
詰問するような語調で問い掛けるラティに対し、ユキノは飄々と受け答える。
「そういえば、てっきりラティさんとヴェルクさんはセットで行動するものだと思ってたけど・・・今回はヴェルクさんは留守番ですか」
「あぁ・・・私達をセットで考えるのもどうかと思うが、今回は宰相閣下のご子息が参加しているのでね、あいつは残ることになった」
なるほど、と頷くユキノ。
宰相の子息ともなれば、大将か副官に位置付けられるの当然であり、そのかわりにヴェルクが外されることになったのだろう。
「ユキノ。もう世間話をしている余裕はないぞ、さっさと隊列に加われ」
「了解。では、またお互いに手が空いてるときにでも」
ユキノは敬礼すると、自分の小隊の方へと歩を進めるが、歩き出して間もなくラティに呼び止められる。
「ユキノ」
「はい?」
肩越しに振り返るユキノ。ラティは一応上官にあたるので、体ごと振り向いたほうがよかったか、と思いつつ彼女の言葉を待つ。
「あのデビルチは・・・あの子のペットなのか?」
と、クルセイダーの少女―――レイハの足元にいるデビルチに視線を向けて問う。
「まぁ・・・そんなようなもの、かな」
「ペットを連れてくる者がいるとはな。ユキノ、乱戦時にあのデビルチが巻き込まれないように注意させておけよ」
「了解」
ユキノは軽く頷くと、ノーザンナインのメンバーのもとに戻った。
「みんな、おまたせ」
「ユキノ、何話してきたの?」
「ちょっと世間話」
という、ユキノとアリスのやりとりを聞いてたオニキスは呆れたようにため息をついた。
「まったく出陣前に余裕ですね・・・というか、隊列に加わってないの私達だけですよ」
「ユキノさんって、良くも悪くもマイペース気味」
ミズカもオニキスに同調する。
「はいはい、すいませんでした。わかったから、さっさと行こう」
皆を促して移動を始めると、ユキノは思い出したようにポンと手を打つ。
「あぁ・・・そうだ、レイハ」
「なんですか?」
小首を傾げるレイハ。
ユキノはレイハの足元にいるデビルチ―――彼女の使い魔のジンを抱き上げる。
「おぉ・・・!?
ユキノー、いきなりなんだ?」
急に持ち上げられて、驚きの声をあげるジン。
「ジンはちっこいから、乱戦時に踏み潰されたりしないように、こうしておくといいかな」
と言って、ユキノはレイハの肩にジンを乗せる。
「そうですね。少し気をつけることにします」
「らくちんだー。ユキノ、ナイスアイディアー」
神妙に頷くレイハとご満悦なジン。
ユキノはくすり、と笑みをもらしてから「さあ、行こう」と再度促して隊列に加わった。
間もなくして、討伐隊250はミョルニール山脈へ向けて出陣した