ほわいとでー

 

 

ドタドタ…!

閑散とした昼下がりのプロンテラの宿屋に階段を駆け上る音が響いて―――

バタンっ!

と、勢いよく宿の一室のドアが開く大きなと共に、銀色の髪をなびかせて紙袋を抱えた少女が駆け込んでくる。

「あ…」

銀色の髪の少女、フィリアは部屋のテーブルに直行しかけた足を止めて
開け放たれたままのドアを閉める。

「はふぅ…」

それから、フィリアは紙袋を抱えなおすと、ゆっくり息をついて乱れた呼吸を整える。

(ちょっと、急ぎすぎだったかな…)

ドタドタ、と音をたてて宿屋の中を走ったのは、さすがにうるさくて迷惑だったろうか、と思ったが
この時間は宿の利用客の大半が冒険者であるため、狩りに出ていてほとんど人がいないのだ。
だからフィリアは―――

(まぁ…次から気をつければいいでしょう)

と、そう思うことにして、テーブルに向かう。
椅子を引いて腰掛けると、フィリアは紙袋の中身―――
赤と白、黄と白、緑と白…様々なチェック柄の包装紙に包まれたキャンディと
赤、ピンク、白の三色のチェック柄の小さな袋に赤いリボンをテーブルの上に並べる。

「アイシャさんが戻ってくるまでに、済ませないと…」

そう呟いて、フィリアは袋にキャンディに詰め始めた。


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今日はホワイトデー。
フィリアは、バレンタインにアイシャからチョコを貰ったので
そのお返しにキャンディー買ってきてプレゼントしようと思い、今包装しているのだが
ここに至るまでが大変だった。
数日前に、お菓子職人クーベルの噂を聞きつけ、彼の作ったお菓子を買おうと思った。
しかし、あの日以来、フィリアとアイシャはいつ、どこに行くのもふたり一緒だったため
ひとりでお菓子を買いに行く機会を見つけられないまま、当日を迎えてしまった。
だが、神はフィリアを見捨てていなかった。
今日アイシャは教会のほうに用事があるといって、出かけているのだ。
そこで、フィリアはこの機会を逃すまいと、急いでキャンディと包装用の袋とリボンを買って帰ってきたのだ。


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(アイシャさん、喜んでくれるかな)

『フィリア、ありがとう…とても嬉しいわ』

フィリアは、そう言って華やかに笑うアイシャの姿を思い浮かべる。

(アイシャさんが喜んでくれたら、とても嬉しい…)

アイシャの喜ぶ姿を思い浮かべると、とくん、とくん、と胸が高鳴り、頬が緩んでしまう。
フィリアは、そんな幸せな気分でキャンディを袋に詰めていると―――

「あ…!」

袋はすでにいっぱいになっていて、今入れようとしたキャンディは入りきらずにテーブルの上に
転がり落ちてしまう。

「はぁ、わたしったら…」

アイシャのことを思って、ぼんやりしてしまった…
フィリアは恥ずかしそうにうつむいて嘆息すると、袋の中から半分ほどキャンディを取り出す。

「ちょっと…買いすぎだったかな」

今取り出した分とテーブルの上に残っていた分の合計は14個。
つい、とても美味しそうだったので全種類…それも数個ずつ買ってしまったのだ。

「それより、早くしないと―――」

アイシャは帰りは早い、と言っていたので、フィリアは急いで最後の仕上げに取り掛かる。
袋を軽く絞って、リボンを巻きつけて、蝶結びをする。

「できたぁ…」

シンプルなラッピングではあるが、心のこもった贈り物が完成したので
フィリアは満足そうな笑みを浮かべた。

「ふふ…♪」

フィリアが手の平に乗せた贈り物を、頬を緩ませながら眺めていると
階段を上り、廊下を歩く足音が聞こえてきた。

(アイシャさんが帰ってきた…?)

フィリアは先ほど思い浮かべていたアイシャの姿を思い出し、再び胸を高鳴らせて―――

「あ…」

テーブルの上には、紙袋と余った14個のキャンディが並べられたままだった。
フィリアは胸の高鳴りを焦りに変えて、紙袋の中に急いでキャンディを詰め込む。
キャンディを詰め込み終わるのと同時に、足音が止まり―――

「ただいま〜」

という明るい声とともにドアが開き、腰まで伸びた金髪を後ろでくくった司祭の法衣を着た女性
アイシャが部屋に入ってきた。
フィリアは椅子から立ち上がると、後ろ手に贈り物を隠して、後ろを振り返って

「あ、アイシャさん、おかえりなさい」

と、返事を返すと同時にぱたん、という音がしてドアが閉まる。
ドアを閉めたアイシャはフィリアのほうを振り向くと

「書庫の整理に付き合わされて、疲れたわ…」

がくっと肩を落として「はぁ…乙女に力仕事させるなんて、なにを考えているのかしら」、と深い息をついた。

「おつかれさまです」

「ん、ありがとぉ」

フィリアの労いの言葉にアイシャは薄く微笑んで、ソファに向かって歩き出す。

(これ、渡さないと―――)

「あ、あの…アイシャさんっ」

「なぁに?」

少し切迫したフィリアの声にアイシャが振り向くと、フィリアはアイシャの目の前まで詰め寄って

「あ、あの…これ、バレンタインのときのお返しですっ」

と、フィリアは後ろ手に隠していた贈り物を両手で持って差し出した。

「ありがとう、フィリア」

アイシャはフィリアの贈り物―――赤いリボンで飾り付けられた赤、ピンク、白のチェックの柄の袋を両手で
受け取ると、それを軽く胸に抱き華やかに微笑んだ。

「いえ…」

(喜んでもらえて、良かった…)

フィリアは微笑むのアイシャの顔に見とれて、頬を赤く染める。

「これ、中身は何かしら」

アイシャは包みからリボンを外して、中を覗き込む。

「あら、キャンディね」

と、アイシャは袋の中からひとつ―――黄と白のチェック柄の包装紙に包まれたキャンディを取り出す。

「今、いただいちゃっていいかしら?」

小首を傾げて尋ねるアイシャにたいして

「はい…ど、どうぞ」

声を少しうわずらせて頷く、フィリア。
アイシャは「かわいいわねぇ」、とくすくす笑いながら、包装紙を剥がすと
透きとおった黄色の、まるで宝石のように綺麗なキャンディが表れる。

「おいしそうね…」

アイシャは呟いて、キャンディを口の中に放り込む。
と、口の中に上品な甘さとかすかなレモンの香りが広がる。

「ん…レモン味ね、すごくおいしいわ」

頬をほころばせて、アイシャ。

「良かった…アルベルタまで買いに行った甲斐がありました」

と、満面の笑みを返すフィリア。

「ふふ、ほんとにおいしいわ…フィリアも、どう?」

わずかに唇の端を吊り上げて尋ねる、アイシャ。

「あ、はい」

フィリアは素直に頷いて袋に手を伸ばすと、アイシャに手首を掴まれて止められた。

「え…?」

困惑するフィリアにたいして、アイシャはゆっくり首を振ってフィリアの手を離し

「んーん、一緒に味わいましょう」

と、囁くとフィリアの背中に腕を回して、そっと顔を近づける。

「えっと…どういうことですか?」

顔を真っ赤にして上目遣いに、フィリア。

「こういうことよ…」

アイシャはそう囁くと、フィリアに口づけて、舌を差し入れた。

「ん、んぅ…」

アイシャの舌は柔らかくて、生暖かくて…そして甘かった。

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「んぅ…ちゅぅ…ちゅぱ」

「ちゅ…んふ…んぅ」

ふたりは目を閉じてお互いの体を抱きしめて、淫らな水音を響かせながら舌を絡ませあう。
恋人同士のディープキス――――ただいつもと違って

(んふぅ…甘くて、とろけそう)

絡み合うふたりの舌の上を、キャンディが転がっていた。

「ちゅぱ…んぅ…ちゅく」

「んふ…ちゅ…ちゅぱ」

キャンディはふたりの舌の上を転がりながら溶け、ふたりの口の中を甘さとかすかなレモンの香りで満たしていく。

「ちゅる…んちゅ…んふぁ」

「んんぅ…ちゅく…ちゅ」

舌を動かすたびに感じられる快感と甘さに、フィリアは頭の中が白くなりそうだった。

(甘くて、気持ちよくて…すごい)

「ん…ぺちゃ…んぅ」

「ちゅぱ…んむぅ…ちゅ」

キャンディの溶け出した、甘い唾液がふたりの顎を伝って流れ落ちる。
ふたりの口から流れる唾液が甘い香り発し、ふたりの鼻腔をくすぐる。

「ちゅ…ちゅぱ…ぺちゃ…んぅ」

「んふ…んちゅ…んむぅ…ちゅる」

それがふたりを刺激し、舌の動きが加速する。

(きもちいいのと、あまいのしか…わからない)

フィリアはとろんとした表情で、熱に浮かされたように舌を蠢かせる。

「んんぅ…ちゅぱ…ぺちゃっ」

「ちゅくっ…んぅ…んふっ」

(アイシャさんは…どうなってるのかな)

フィリアは薄目を開けて、アイシャの顔を見る。
アイシャの表情もフィリア同様にとろん、としていて頬も紅潮している。

(アイシャさんの顔…すごい)

アイシャの表情と、熱に浮かされたように蠢かされる快楽を貪る舌の動きに
フィリアの興奮はさらに高まっていく。

「んふぅ…ちゅぱ…くちゅっ!」

「ぺちゃ…んむぅ…んふぅ!」

(あまくて…ほんとにとろけそう)

ずっとこうしていたい、と思いながら舌を蠢かせて、舌の上でキャンディを踊らせる。

「ぺちゃ…ちゅ…んぅ」

「んっ…んふぁ…ちゅぱ」

やがて、ふたりの舌の上を踊るキャンディ溶けて、小さくなり

「んふぅ…ちゅぱ」

「ぺちゃ…んぅ」

消える。

「ちゅぱぁ…」

「ん、ぷは…」

キャンディが溶けて無くなると、ふたりはお互いを抱く腕の力を緩めて、唇を離す。

「ん…こくっ」

ふたりは、口の中の、お互いの唾液と溶けたキャンディの混ざった蜜を飲み下して

「すごかったわね…」

「はい…」

と、恍惚な笑みを浮かべる。

「ほんとに、甘くてとろけそうでした…」

先のキスの熱が冷めないフィリアはぼんやりと呟く。

「ふふ…すごかったわよねぇ」

アイシャも同じように、熱のこもった呟きをもらす。

「今みたいなキスが、あと…」

「ふぇ…?」

アイシャはフィリアの体を離すと、手の中の袋を覗き込んで

「いーち、にー、さーん、しー、ごっ…あと、5回できるわよ?」

キャンディの数をかぞえて、そうフィリアに笑いかける。

「えっと…」


困ったように視線を彷徨わせながら、フィリアは心の中で呟いた。

いいえ、あと19回できます・・・。