今日も今日とてモロクは雲ひとつ無いいい天気。
仲間同士で談笑する人たち、露天をめぐる者、そして恋を語り合う人もいたり、
たまーに古木の枝やらで騒がしくなることもあるけれど、砂漠の都市は賑やかで概ね平和である。
そう、平和である…。
「いやぁぁ!追いかけて来ないでくださーい!」
「ハァハァ…待て〜!」
青空の下、通りを走り回るふたりを除いては。
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Ragnarok Online Short Story 『雪奈編』
「いやぁぁ…!」
と、悲鳴を上げながら、プリーストの少女は後ろでまとめた長い銀髪をなびかせて走る。
「まてーっ!」
そして、少女を追いかけるくすんだ銀髪のアサシンの青年。
「待て、と言われても待てませ―ん!」
「ハァハァ…!」
「ハァハァしないでくださぁぁい!」
半分涙目になりながら少女は、インジャスティ…もとい、アサシンの青年から逃げつづける。
「ゆきなぁ〜〜〜、ハァハァ」
「ヒロさん、いい加減にしてくださ〜〜〜いっ!!」
少女、雪奈の叫びが空に高く響き渡った。
先ほどから、モロク中を疾走している少女の名は雪奈。
雪奈は長い銀髪を後ろで結っていて、少し幼さを残した感じではあるが端整な顔たちをしている。
ちなみに眼の色は碧で、背はそれほど高いほうでないがスタイルはなかなかにいい。
そして、雪奈を追いかけているアサシンの名はヒロ。
彼は…彼については先ほどの発言からお察しください。
「うぅ…なんで、わたしがこんなめに」
逃げながら、雪奈は泣き出したい気分だった。
年頃の―――17歳の少女がインジャス…もとい、男(ヒロ)に追い掛け回されていい気分なはずが無い。
というか、正直なところ、かなり嫌というか怖い。
だが、雪奈がインジャ…って、いい加減しつこいですか、ヒロに追い掛け回される、というのは
モロクではすでに日常的な光景であり、助けに入る者はいない。
むしろ「雪奈ちゃん、がんばって〜」だとか「ヒロ、よくあきないなぁ」だとか無責任な声が上がっている。
「ゆきなぁ、すきだぁぁ!!」
「わたし、他に好きな人がいるんですー!!」
ヒロの魂の叫びに、そう叫び返す雪奈。
(好きな人…)
雪奈は一瞬、その人物の姿を思い浮かべそうになったが、今はそんな場合じゃないと軽く頭を振る。
「ゆぅきぃなぁ〜〜!」
「いやぁぁ〜…あ!」
そのとき、一陣の強い風が吹き、雪奈の頭の看護帽が飛ばされそうになる。
が、雪奈は慌てて両手で頭上の看護帽を抑えた。
「ふぅ…」
風が収まると雪奈は安堵の息をついて、看護帽の位置を戻すと―――
「ゆきなー、ハァハァ!」
後ろから聞こえる声がさっきより近い。
雪奈は肩越しに後ろを振り向いてみると、5、6メートルはあった距離が3、4メートルほどに縮まっている。
おそらく看護帽を直して減速しているうちに追いつかれたのだろう。
(はぅ…このままじゃ追いつかれちゃう)
雪奈はヒロの表情(お察しください)は見なかったことにして、視線を前に戻すと、口の中で素早く呪文を詠唱する。
「速度増加!!」
その力ある言葉と同時に体が軽くなるような感覚―――雪奈は自分に速度増加の術をかけた。
この術の効果で雪奈はペコペコに匹敵する足の速さでぐんぐんヒロとの距離に差をつけていく。
(最初からこうしていれば、良かったですね…)
いつも追い掛け回されているというのにも関わらずに術を使う、ということが咄嗟に思いつけなかった。
雪奈は自分には学習能力がないのか…と、少し悩む。
だが、これでヒロを振り切れるだろう…そう思い、雪奈は肩越しに後ろを振り向くと
ヒロは足を止めて、背を向けている。
「…?」
雪奈が訝しげに眉を寄せるのと同時に―――
「バッ、バッ、バッ、バック、バックステップ!!」
ヒロはバックステップの連続で雪奈との距離を一気に縮めてきた。
ちなみにステップのたびに「バックステップ!!」と叫んでいるので、かなり大変そうである。
「ふぇぇ!?」
奇怪な光景―――背を向けてピョンピョン跳ねながら距離を詰めてくるアサシン―――に
雪奈は思わず間の抜けた悲鳴を上げてしまう。
(って…このままじゃ追いつかれちゃいます!)
ヒロはすぐ後ろにまで迫ってきている。
雪奈はどうしよう、と思いながら前を振り返ると
(はわわ…なんでバナナ商人さんが!)
目の前にはモロクでバナナを売っている商人の店があった。
後ろ向いて走っていたから、わずかに蛇行してしまったのか―――
理由はともあれ、このままでは激突大クラッシュ間違いなしである。
ちなみに店主は接客でこちらに気づいていないし、当然ヒロも背を向けているので気づいてない。
(仕方ありません…最終手段です)
雪奈は激突の難を逃れるために
「テレポート!!」
を唱えてその場からかき消えた。
そして――――
ドンガラガラガッシャーン!
ヒロは店の陳列棚に背中から突っ込んで、盛大な騒音をたてた。
ちなみに彼が背中でつぶして台無しにしてしまった売り物(バナナ)の代金ははきっちり弁償させられました、とさ。