ボクには好きな人がいる。
優しくて、ちょっと間の抜けているとこもあるけれど、頼り甲斐のある、とても綺麗な男性(ひと)。
でも、その人は、ボクの四つ年上のお兄さんで、だから…この気持ちは、ずっと秘めていくんだ。
Ragnarok Online Short Story Vol.4『雪流』
突き抜けるような雲ひとつない青空の下で、ボクとゆきにぃは、朝の練武後の反省会をしている。
いつもは、ゆきにぃは仕事があるから、すぐに行っちゃうんだけど、今日は雑談に花を咲かせていた。
それは、ボクにとっては良い事のはず、なんだけど―――
「そうしたら紅葉(くれは)が拗ねちゃって…難儀したよ」
「ふぅん…。でも紅葉も女の子なんだから、もっと気を遣ってあげなきゃダメだよ」
「はは…ごもっとも」
と、苦笑しながら、指で頬を掻くゆきにぃ。
でも、苦笑してるけど、目は楽しそうに輝いてる。最近、紅葉の話をしているときは、いつもそう。
それが、なんだか悔しいような寂しいような気がして、胸がチクって痛んで、締め付けられてしまう。
「雪流、どうした?」
「ほ、ほぇ…?」
ゆきにぃに声を掛けられて、慌ててボクは顔を上げる。
いつのまにか俯いてちゃったみたい…。
「なんか様子がおかしいけど、気分でも悪いの?」
と、ゆきにぃが心配そうに、ボクの顔を覗き込んでくる。
心配かけないように、悟られないように、ボクは笑ってなくちゃダメなのに…。
「ちょっと、調子悪いかも…」
本当は何事もないように笑いたかったけど、苦笑いを浮かべて、ベンチから立ち上がる。
「ボク、休んでくるね」
「医務室まで付き添おうか?」
「ううん、ひとりでいけるよ。それに、ゆきにぃはお仕事があるじゃない」
そう言って、ボクはゆきにぃの言葉を待たずに早足で歩き出した。
今は、これ以上ゆきにぃの側に居ることが辛かったから…。
コンコン、と軽くノックしてから、ボクは医務室のドアを開けた。
「失礼、します…」
頭を下げながら、中に入ると―――
「ゆきるちゃ、いらっしゃーい」
底抜けに明るい声で、駒おねーちゃんに歓迎された。
駒おねーちゃんは、銀色のロングヘアーがとても綺麗で、プロポーションも抜群な美人だ。
ボクも大人になったら、あんな感じになるかなぁ、と密かに思っていたりする。
「駒おねーちゃん、おはよー」
ボクも笑顔で、明るく挨拶を返す。ちゃんと笑えてるかな…?
「ゆきるちゃ、何かあったの?」
小首を傾げて、訊いてくる駒おねーちゃん。
あぅ…鏡見てないからわからないけど、笑顔がぎこちないみたい。
「うん、ちょっと…」
「悩み事があるなら、おねーさんに話してみて、ね?」
そう言って、駒おねーちゃんは、そっとボクを抱きすくめる。
駒おねーちゃんは、あったかくて、やわらかくて、いい匂いがするから、とても心地よかった。
「そっか。それで、ヤキモチやいちゃったんだ?」
「うんー…」
医務室のベッドの上に座り込んで、ゆきにぃが紅葉の事を話していると胸が痛くなる、ということを話した。
駒おねーちゃんは、ボクの隣に寄り添うようにして座っている。
「好きな人が、おにーちゃんか……ゆきるちゃは、雪乃くんに告白とかする気ないの?」
「うん…ないよ。言ったら、兄妹でいられなくなっちゃうから」
例え、想いを伝えた結果がどうなっても…一番大事にしてきた兄妹っていう関係が壊れちゃうのは、嫌だし、怖い。
想いを伝えれないのは辛いけど、それでも兄妹だってことが大事だから、耐えられる。
「そのはずなのに…今は、ちょっと耐えれないかも」
心は器用じゃないから、頭でわかっていても、どうしても痛みを感じちゃう。
「今は、無理して、我慢することはないよ」
駒おねーちゃんに抱き寄せられて、優しく頭を撫でられる。
幼子をあやすような手の動きに、ボクの心が和らいでいく。
「でもね、ゆきにぃが紅葉を好きになったことは、喜んでいいと思うんだ」
三年前の塞ぎこんだゆきにぃの姿を思い出すと、ちゃんと恋することができるようになったことは
素晴らしいことだと思うし…ちょっと悔しいけど、ゆきにぃの心を支えてくれる紅葉には感謝もしてる。
「だから、ふたりのことを祝福してあげたい」
「ゆきるちゃは、強いね」
優しい声音で囁いて、駒おねーちゃんが抱きしめてくる。
「そんなことないよ、まだモヤモヤしてるもん」
「それじゃあ、モヤモヤが消えるまで、こうしててあげるー」
ちょっと悪戯っぽさを含んだ優しい声音で微笑むと、駒おねーちゃんは抱きしめる腕に少し力を入れた。
そうこうして、今日一日、駒おねーちゃんは優しくしてくれたのだった。
「あ、そろそろ退出の時間だ」
と、ボクはココアの入ってたマグカップをテーブルの上に置いた。
既に日は暮れかけていて、窓の外の空は橙色から藍色へ移り変わろうとしている。
「今日は、ずっと一緒に過ごしちゃったね」
窓の外を見ながら、しみじみと呟く駒おねーちゃん。
「駒おねーちゃん、仕事あるのに、ごめんね」
「あ、いいよ。気にしないで。どうせ今日は暇してたし」
駒おねーちゃんは、パタパタと両手を振りながら、朗らかに笑ってくれる。
たしかに、今日医務室を訪れたのはボクだけだ。
「また何かあったら、いつでも来てね。おねーさんは、ゆきるちゃの味方だから」
「うん! 駒おねーちゃん、ありがとー」
ボクは元気よく頷く。ちゃんと笑えるようになったみたい。
「それじゃあ、帰るよ。またねー」
「またねー」
そして、ボクは再度、駒おねーちゃんにお礼を言って、医務室を後にした。
医務室を出た後に、部屋の中から「ゆきるちゃ、いじらしくて…ほんっ―――とに、かわゆー!!」という叫び声が聞こえたけど…
なんだったのかな?
医務室を出た後、ラピスの執務室に向かうと、ちょうどゆきにぃが部屋から出てきたところだった。
「ゆっきにぃーーっ!」
と、いつものように、勢いよくゆきにぃの腕に抱きつく。
「おわ…! っと…雪流、元気になったみたいだね」
「うん! もうばっちりー」
相好を崩して目元を和ませるゆきにぃに、ボクは満面の笑みを浮かべて頷く。
「ゆきにぃ、帰りだよね? 一緒に帰ろうよ」
「あぁ、うん。雪奈もそろそろ退出だし、三人で帰ろっか」
「うんー!」
うん、大丈夫。いつものボクとゆきにぃ―――仲のいい兄妹だ。
そして、腕を組んだままボクとゆきにぃは、二人で雪奈ちゃんを迎えに行って、家路についたのだった。
「ゆきにぃー」
「ん? なんだい?」
「んー、なんでもないっ」
ゆきにぃ、この想いはずっと秘めていくからね。
ボクたちのために―――